日本の生理の名称

日本では古来神秘的なものとされ宗教的意味付けにより理解されていました。『古事記』ではヤマトタケルノミコトが東国征討の帰路ミヤズヒメと契りを交わそうとした際、衣の裾に血がついていったん中断するもミヤズヒメの待ちわびていた結果であるという歌を受け容れ、二人は結ばれるという伝承があります。

さ寝むと吾は思へど汝(な)が著(け)せる襲(おすひ)の裾に月立ちにけり

月は来経行く諾(うべ)な諾な君待ちがたに我が著せる襲の裾に月立たなむよ

のちにこれは「服の裾に“月の障りのもの”がついている」と解説されますが、月経のことを神秘的な月にたとえた歌は、次第に「さわり」「穢れ」と表現されてきます。

日本で忌み嫌われる不浄なものとして「赤不浄・白不浄・黒不浄」と表現されるものがあります。黒は「死穢」、白は出産を意味する「産穢」、そして赤は月経の「血穢」です。

『日本民族大辞典』によると、
月経や出産といった女性特有の出血は穢れたものとし、赤不浄(アカフジョウ)、血忌(チイミ)、産火(サンビ)、白不浄(シラフジョウ)といわれ危険視されていました。
『蜻蛉日記』では月経について
「不浄のこと」「慎むべきこと」と表現されています。

このように、「月のもの」「月水」「月華」「月の穢れ」と月が月経の呼び名にあるのは世界共通で、月の周期と重ね合わせた考え方であると同時に忌み嫌われるべき存在だったことも共通しています。そして日常でその会話をすることさえ憚られてきた中、正しい医学用語である「月経」は明治時代頃から定着してきました。

その後、「生理」という表現が月経の意味で使われるようになったのは、1920年代の生理休暇獲得運動がきっかけでした。待遇の悪い女性が月経時の休暇を取得する際、秘匿された月経現象を男性に口外しなくてはいけません。女学校で月経の病理化言説を受容しても、それを口にするのは羞恥の極みでした。そんな女性らに配慮された表現が「生理的異常の時期の待遇」でした。つまり月経という“はしたない言葉”を緩和したのが生理だったというわけです。

1960年代にはアンネナプキンの登場と共に、広告やポスターに堂々と掲げられたことにより、「アンネ」という代用語が浸透しました。とはいえ、生理を「月に一度の煩わしさ」と表現し、血という凄惨な文字は使わず「日と量によってお使い分けください」と説明するなど、細心の注意を払った賜物で、日常生活でアンネを口にできるようになったのです。一部では「アレ」や「ブルーデー」など隠語的な表現もありつつ、それでも月経を語る秘匿性は徐々に薄れ、やがて「生理」が定着しました。

生理は本来、生理学=physiology(フィジオロジー)の意味もあります。よって女性の定期的な性器出血に対して厳密な意味では「月経」のみが適切ではありますが、「生理休暇」や「生理用品」といった言葉も一般に浸透している観点から、必ずしも「月経」という表現にこだわる必要はないと考えます。

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